大判例

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東京高等裁判所 昭和40年(行ケ)87号 判決

一、本件の特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨および審決理由の要点が原告主張のとおりであること、第一引用例および第二引用例がそれぞれ審決認定の日に国内に頒布された刊行物であること、各引用例に審決認定の記載があること(窒素濃度の数値を含む。成立に争いがない丙第六号証の一、二、同第七号証によれば、各引用例には特段の説明がないから、水一、〇〇〇mlの記載は総量を表わすものと認めるのが相当であり、したがつて、窒素濃度が審決認定のとおりであることは争いがないことに帰する。)、本願発明と各引用例記載の方法がいずれも窒素源と炭素およびエネルギー源と栄養塩類を含む培地にグリセオフルヴイン生産菌を培養させてグリセオフルヴインを製造する方法であり、後者が培養を表面状態で行うのに対し、前者が深部状態で培養を行うこと、抗菌微生物の大量培養手段として深部状態で培養を行うタンク培養が常用の事項であることはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで原告主張の審決を取消すべき事由の有無について判断する。

(一) 成立に争いがない乙第一号証から第四号証まで、丙第三、第四号証の各一、二、三によれば、放線菌に属する抗菌微生物およびかび類に属するペニシリン生産菌の培養について,表面培養と深部培養の各培地条件には本質的な差異はなく、一方を他方に類推することができることが本願出願前当業者に広く知られていた事実が認められる。そうだとすると、ペニシリン生産菌と同じくかび類に属する抗菌微生物であるグリセオフルヴイン生産菌についても、本願出願前の当業者は、その表面培養の培地条件を深部培養の培地条件に類推できるものと認識していたと推認するのが相当である。成立に争いがない丙第八、第九号証の各一、二、三によれば、本願出願前国内で発行された刊行物には、抗菌微生物一般につき表面培養と深部培養とを区別せずに培地条件を記載しているものがあることが認められるが、前記推認が相当であることは、このことからもうかがうことができる。原告はペニシリンとグリセオフルヴインとでは、その化学構造が異なるから、グリセオフルヴイン生産菌の培養については表面培養の培地条件を深部培養の培地条件に類推することはできない旨主張するが、両者の化学構造が異なるために各生産菌の培養方法にどのような差異を生ずるのか何も説明するところがないから、原告の主張は採用の限りではない。よつて、原告が審決を取り消すべき事由とする(一)の主張は認容することができない。

(二) 抗菌微生物の大量培養の培地としてコーンスチープリカー、硝酸塩等の窒素源を〇・一%ないし五%(重量)含むものを使用することが本願出願前の技術水準であつたこと、その窒素源の窒素濃度が硝酸塩である硝酸アンモニウムを基準とすれば〇・〇三四八%ないし一・七五%であることは当事者間に争いがない。被告および補助参加人は、コーンスチープリカーを基準とすれば窒素濃度は〇・〇四%ないし〇・二〇%である、と主張し、原告もこれを認めているが、本願発明の窒素源には種類の限定がないことは前述の当事者間に争いがない本願発明の要旨に照らし明らかであるから、本願発明の窒養濃度と比較するに当り、前記の培地の窒素濃度を被告および補助参加人主張のコーンスチープリカーを基準として算定しなければならない理由はない。したがつて、被告および補助参加人主張の数値よりも範囲の広い原告主張の〇・〇三四八%ないし一・七五%の範囲が前記培地の窒素濃度であると認めなければならない。そうだとすると、本願発明はこの窒素濃度を〇・〇四%ないし〇・三〇%の範囲に限定したものということができるが、本願発明がその点において進歩性を有するためには、この数値に臨界的意義がなければならない。すなわち、この数値の範囲内と範囲外においては、その作用効果に格段の差異がなければならないのである。ところで、成立に争いのない甲第一号証、同第三号証、同第五号証によれば、本願発明はグリセオフルヴインの収量の増加を目的としていることが認められるところ、前記甲号各証によれば、本願明細書には前記窒素濃度の数値の範囲内と範囲外とにおいてグリセオフルヴインの収量に格段の差異が生ずることを示す記載は何もないことが認められるのみならず、かえつて成立に争いがない甲第八号証によれば、前記数値には前述のような意味の臨界的意義はないことがうかがわれる。したがつて、原告が審決を取り消すべき事由とする(二)の主張もまた採用の限りではない。

三、よつて、審決には原告主張の違法はないから原告の請求を棄却する。

本願発明の要旨

グリセオフルヴイン生産菌、殊にペニシリン、パチユルム、トムをば同化しうる窒素源、炭素及びエネルギー源及び栄養塩類を含み、該生産菌の生長を支持する培地中で培養する方法において、培地中の同化しうる窒素源の利用可能な窒素(窒素濃度)が〇・〇四%乃至〇・三〇%、殊に〇・〇七五%乃至〇・二五%又炭素及びエネルギー源が少くも三・五%、殊に少くも五%である炭水化物であるような培地中で好気性深部培養を行うことを特徴とするグリセオフルヴインの製造法。

審決理由の要点

本願発明の要旨は前項掲記のとおりである。

ところで、「ビオケミカル・ジヤーナル」第三三巻二四〇ないし二四八頁(昭和一六年二月三日東京教育大学附属図書館受入)(以下「第一引用例」という。)および「トランザクシヨン・オブ・ザ・ブリテイツシユ・ミコロジカル・ソサイエテイ」第二九巻一七三ないし一八七頁(昭和二九年九月二二日東京教育大学附属図書館受入)(以下「第二引用例」という。)には、グリセオフルヴイン生産菌を表面培養してグリセオフルヴインを製造することが記載されており、かつその使用培地として窒素濃度約〇・〇四一%の窒素源と約八%の炭素およびエネルギー源と栄養塩類を含むものならびに窒素濃度〇・〇五三%の窒素源と約五・二%の炭素およびエネルギー源と栄養塩類を含むものが例示されている。

そこで本願発明と前記両引用例を対比すると、両者は窒素濃度〇・〇四%以上の窒素源と五%以上の炭素およびエネルギー源と栄養塩類を含む培地にグリセオフルヴイン生産菌を培養させてグリセオフルヴインを製造する点で一致しており、後者が培養を表面状態で行うものであるのに対し、前者はそれを深部状態で行う点で両者は相違している。よつて、上記相違点について検討すると、一般に抗菌微生物の大量培養手段として、深部で培養を行うタンク培養が行われることは常用の事項である。してみれば、本願発明は、それ自体引用例によつて公知であるグリセオフルヴイン生産菌の培養によるグリセオフルヴインの製造を大量生産方式で遂行するに当つて、抗菌微生物の大量培養手段として既知である深部培養方式を転用することに過ぎないものであつて、その間に発明に値する工夫がなされたものとは到底認め難いので、旧特許法(大正一〇年法律第九六号。)第一条の特許要件を具備しないものと認める。

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